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台湾パイナップルを買いました

令和3年(2021年)5月13日(木)

近所のスーパーで台湾産のパイナップルを見かけたので買いました。

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習近平は本気で台湾を奪おうとしています。勝算があれば、武力を使うことも躊躇しないでしょう。

もし台湾が中国に奪われれば、いずれ日本も中国の支配下に入らざるを得なくなるかもしれません。

しかし、日本とアメリカと台湾ががっちり手を組めば、いかな中国といえども手出しはできないはずです。

日米台がしっかり協力して、習近平に武力による台湾統一を諦めさせる。これしかないと思います。

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五塚原古墳(京都府向日市)

令和3年(2021年)5月3日(月)憲法記念日 (その12)

伝高畠陵古墳から南に歩いて、五塚原古墳(いつかはらこふん)にやって来ました。五塚原古墳に来るのは2回目です。

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説明板です。

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位置図です。

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平面図です。最も古い前方後円墳の形をしています。

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きょうも墳丘に登ろうと思っていたのですが、フェンスが設置され、「立入禁止」の文字がありました。残念!

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墳丘に続く道です。登りたかったなあ……。


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 (至柔の優柔不断日記、平成30年(2020年)3月30日)
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伝高畠陵古墳(京都府向日市)

令和3年(2021年)5月3日(月)憲法記念日 (その11)

妙見山古墳から少し東に歩いて、伝高畠陵古墳にやってきました。向日市教育委員会主催の「向日丘陵の古墳をめぐる」というイベントのチラシによれば、伝高畠陵の読み方は「でんたかばたけりょう」です。

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今は宮内庁が管理する「桓武天皇皇后藤原乙牟漏高畠陵」となっています。

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宮内庁の看板です。

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拝所で参拝しました。

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上の写真は、古墳の東側です。南から撮影しました。

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墳丘が少し見えます。

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上の写真は、古墳の北側です。

向日市の歴史・観光サイトによれば、墳丘は直径約65m、高さ約7mの円形をしていて、古墳時代前期の円墳とされているとのことです。


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妙見山古墳(京都府向日市/京都市西京区)

令和3年(2021年)5月3日(月)憲法記念日 (その10)

妙見山古墳はすでに消滅してしまった前方後円墳です。向日市立第6向陽小学校の南にあったのですが、今ではその姿を見ることができません。

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上の写真は、後円部のあったあたりを北から見ています。

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上の写真は、後円部のあったあたりを東から見ています。

向日市の歴史・観光サイトによると、妙見山古墳は全長約114m、後円部は直径約69m、高さ約8m、前方部は幅約58m、高さ約5mの大規模な前方後円墳だったそうで、築造時期は古墳時代前期(4世紀中頃)とのことです。


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寺戸大塚古墳(京都府向日市/京都市西京区)

令和3年(2021年)5月3日(月)憲法記念日 (その9)

寺戸大塚古墳(てらどおおつかこふん)を見学しました。この古墳は前方後円墳で、その主軸の東側は京都府向日市(むこうし)、西側は京都市西京区(にしきょうく)になります。きょうは向日市側から見学しました。

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寺戸大塚古墳は竹林の中にあります。上の写真では後円部が見えています。

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「史跡乙訓古墳群 寺戸大塚古墳」と刻んだ石碑です。その後ろは後円部です。

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向日市教育委員会が昭和55年3月に設置した説明板です。これによれば、この古墳の全長は98m、前方部幅45m、後円部径57m、後円部の高さ9.8mで、古墳時代前期の築造です。後円部は3段に築成されています。前方部と後円部にひとつずつ竪穴式石室があります。後円部石室から出土した三角縁神獣鏡は椿井大塚山古墳のものと同范関係にあるそうです。

ネット上で、南孝雄著「寺戸大塚古墳 向日丘陵の古墳時代前期の首長墓」(第242回京都市考古資料館文化財講座資料、2013年2月23日)という資料を見つけました。これによると、後円部の高さは18mとしています。現地説明板は9.8mですから倍近く違います。至柔が見た感じでは、9.8mのほうが正しいように思います。

南氏の資料によれば、この古墳はこれまで柄鏡形と考えられていましたが、平成24年の調査の結果、前方部の先端が外に大きく開くくことが明らかになったそうです。柄鏡形ではなく、一般的な前方後円墳の形だったのですね。

南氏の資料には、寺戸大塚古墳の測量図だけでなく、五塚原古墳、元稲荷古墳、妙見山古墳、伝高畠陵古墳の測量も掲載しています。

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後円部竪穴式石室の写真です。

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後円部墳丘の写真です。

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寺戸大塚古墳模式図です。

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後円部の東側です。

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上の写真は、後円部です。

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上の写真は、くびれ部あたりです。

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前方部はほとんど原形をとどめていません。以上4枚の写真は、同じ場所から撮影しました。


◆関連サイト◆
南孝雄著「寺戸大塚古墳 向日丘陵の古墳時代前期の首長墓」
 (第242回京都市考古資料館文化財講座資料、2013年2月23日)
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